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*一 動物好きが呑まれたつむじ風

last update Last Updated: 2025-08-26 18:00:18

 チョコレート色の毛玉のようなぬくもりが、楓の腕の中に飛び込んで、小さな尻尾をちぎれんばかりに振っている。太く短い愛らしい前足は、楓の胸元に踏ん張るように押し付けられ、そうして懸命に楓の頬や鼻先を舐めている。それはまるで、あらん限りの友愛の情を示しているようだ。

「ッはは、くすぐったいよ。よしよし、いい子だねぇ。ワンチャンのお名前、なんて言うんですか?」

「チョコです。すみません、お顔とか大丈夫ですか?」

 チョコの飼い主であるらしい女性は、楓にまとわりつく愛犬の様子に戸惑いが隠せず、恐縮している。ほんの数分前に出会ったときは、こんなに懐くなんて思っていなかったからだ。

 すでにチョコの唾液でべたべたになっている頬や鼻先を気にする素振りもなく楓は微笑み、答える。

「ああ、大丈夫です。僕、慣れてるんで」

「ごめんなさい、普段ならこんなによその方に懐くことなんてないんですけど……お兄さんはやさしそうだから、好きになっちゃったのかしらねぇ」

「そうなんですか? 嬉しいなぁ」

 べつにこの言葉は、お愛想でもおべっかでもない。実際楓は、無類の動物好きで、こうして通りすがりの散歩中の犬や、地域ネコなどに好かれて寄って来られるのも珍しくはない。

 十分近くじゃれ合ったのち、チョコとその飼い主の女性と別れた楓は、少し離れたところで見守っていた友人に手を振る。

「ごめん、待っててくれて」

 これから揃って大学に講義を受けに行こうと話していたのだが、その途中で先程のチョコというプードルの子犬に熱烈に好かれてしまったので、相手をしていたのだ。

 友人は苦笑しつつも特に怒った様子もなく、ゆるく首を振る。

「いいって。牧野が動物に好かれるのも、スキンシップ過多なのも有名な話だし」

「スキンシップ過多……僕はそういうつもりないんだけどなぁ」

「あれだけ触れ合っといて無自覚かよ。ムツゴロウさんの生まれ変わりだな」

 楓が動物に好かれるのは、楓自身のぱっちりと愛らしい大きな目許に小さな作りの鼻や口元、色白で華奢きゃしゃな背格好という、かわいい系な容姿も手伝って、大学内ではかなり有名になっているという。先程だって、子犬とじゃれ合っている所を、女子学生らに動画で撮られていたらしい。

「そんなに好かれるんだったら、いっそ獣医とかになれば良かったんじゃねえの?」

「んー、一時期そう考えたこともあったけど……獣医になる大学は学費がかかるから……」

「あー、そっかぁ……それはあるよな」

 獣医学部だけでなくとも、動物に関係する学校の学費はかなりのものだ。それを、両親や頼れる親戚がいない楓が望むにはかなりの無謀さがあり、諦めた今は都内の私立大学の文系の学部に奨学金を受けながら通っている。

「でも、将来は動物に関わる仕事には就けたらなって思ってるんだ」

 たとえそれが、稼げるような職種じゃなくても――と、楓が考えるのは、やはり今は亡き両親の影響が大きいと言える。

 楓の両親は、生前保護猫や保護犬活動をしていて、以前住んでいた家には色々な事情を抱えた犬や猫たちがたくさんいたのだ。

 物心つく前から犬や猫などと触れ合ってきたこともあり、楓は|二十歳《はたち》を迎える今でも、無類の動物好きだし、自らも好かれる性質たちのようなのだ。

 そんな話をしながら歩いていると、今度は構内を飛び回っていた小鳥たちが楓の上を飛び回り始める。特に楓たちはエサになるようなパンなどを持っていないのだが、こういう光景も、割とよくあることだ。

 楓の肩や頭に停まる小鳥たちに、流石の友人もちょっと引き気味である。ここまで好かれるものなのか、と言いたげな目で見ている。

「っふふ。僕は何も持ってないよ。っはは、くすぐったい……あれ? どうしたの?」

「いや……御取込み中なら、俺、お前の代返してやろうか?」

「あ、お願いしていい? ちょっと無理に追い払うのは可哀想だし……」

「まあ、牧野まきのなら教授も納得してくれると思うけど」

 道行く動物や小鳥に囲まれて講義に楓が遅刻するのはよくある話で、だからこそ有名になってしまっているのだろう。

 友人は呆れたように苦笑しつつも楓からのお願いを快諾してくれ、そのまま手を振って講義棟へと歩いて行った。

 その背を見送りながら楓も安堵したように息を吐き、それからスッと手のひらを拡げて小鳥たちの止まり木のような格好を取る。

「ごめんね、餌付けはダメって言われちゃってるんだ……だからせめて、気の済むまで遊んでいって」

 小鳥たちが人語を理解するかはわからないが、それでも通じるものがあるのか、どの鳥も人懐っこそうにぴいぴい鳴きながら楓の頭や肩に止まり、歩き回っている。

 入学した当初、自分の周りを飛び回る鳥たちはエサが欲しいのかと思い、その時食べていたパンのくずを分けてやったのだが、それがきっかけなのか、以降二年近く、大学近隣の鳥にはこうして懐かれている。大学側からは、他の学生の迷惑になるからと、餌付けを禁じられている。だが、そうせずとも寄ってくる状態なので、どうしようもない。

 追い払えるほど非道にもなれない楓は、せめて鳥たちの気が済むまで遊んでやることにしている。それは、先程構内を散歩していた犬や、たまに見かける地域猫などにも同じことが言える。兎に角、動物に好かれるため、動物園に行こうものなら檻の中の動物たちが騒いで大変なことになることさえある。皆が皆こぞって楓を求めるようなのだ。

「好かれるのは良いけど、これが何かの役に立ってるとは思えないんだよなぁ……どうしたらいいんだろうね?」

 問うともなしに小鳥たちに向かって呟くと、どこからともなく風が吹いてくる。晩秋でもないので木枯らしではないのだが、初夏の時分には風が良く吹く気がする。それも、突風と言えるような強い風が。

 風に煽られるように、楓の傍にいた鳥たちはいっせいに飛び立ち始め、楓もそれを機に講義棟へと急ぐ。このままなら、代返を頼まずに済むかもしれない。

「っわ、また風が……!」

 歩き始めると、また一斉に風が吹きつけてきた。構内は掃き清められて落ち葉の一つもないはずなのに、どこからともなく新緑の若い葉っぱたちがさざめくようにこちらに向かってくる。

 一体何が……と、楓がそれを避ける間もなく、緑色のつむじ風が体当たりするようにぶつかり、たちまち視界が緑に覆われていく。まるで緑の小鳥が飛び回るように、そのつむじ風は意思を持つ生き物のごとく楓を包んでいく。

「え、ちょ……なんで……?!」

 叫び声さえも緑の中に吸い込まれ、やがて楓を隠すように覆っていくなか、それでももがいてみるが意味をなさない。

 さらに追い打ちをかけるようにもう一度強い風が吹きつけた瞬間、楓を包んでいた緑の葉は光を孕み、やがてそれは彼諸共呑み込んでいく。

「待って、なんで……?!」

 光に呑み込まれながら楓がいくら叫んでも、周囲には不思議なほど人がおらず、楓は叫び声だけを残して忽然と姿を消したのだった。

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